隠岡遺跡(かくれがおかいせき)   ( 伊勢市倭町 )

伊勢志摩きらり千選+
推薦のことば
伊勢にある数少ない弥生時代の遺跡です。
                                  隠岡遺跡公園2007-2-3
隠岡遺跡
隠岡遺跡は
  昭和58年に市営住宅建設に伴う事前調査で約2300屬発掘されました。

  生活の跡や、生活の道具から”弥生時代の村の跡”と”平安時代の建築郡跡”が同地に同時に見つかった遺跡です。

  かなり広い範囲の遺跡がありましたが、今では小さな公園に再現された、竪穴式住居1棟、掘立柱建物跡2ヶ所を残すのみとなってます。
発掘当時の航空写真

  周囲は住宅街で、遺跡を見つけるのは難しいのでお見逃しなく。

  隠岡という地名はこの地で倭姫命が石隠れされたとの言い伝えからきているといわれ、近くに倭姫命の御陵があります。

弥生時代の村
  弥生時代後期の竪穴式住居22棟、主幹排水路が宮川右岸の神宮周辺地で初検出された貴重な遺構です。

  遺物には壷、瓶、高杯などの土器や斧などの石器が出土されました。
このことから眼下に勢田川の沖積地を見下ろす台地に”むら”が形成されていたことがわかりました。

  →隠岡公園から見おろす現在の町並み(2007)

  


              竪穴式住居2007-2-3拡大
                                     堀立柱建物跡2007-2-3
平安時代の建物群
  平安時代の掘立柱建物は地面に直接柱を埋め込み、板や萱で屋根をふき床をはらったものとおもわれます。

  土杭などの遺構や、緑釉陶器、上師器、須恵器、灰釉陶器、志摩式製塩土器などの遺物から、平安時代の建物群であつたと考えられます。

  建物の規模や特殊な土器の出土などから一般集落ではなく、
当時”尾上長(おのえのかみ)”と称された禰宜(神宮の神官)の、
或いは外宮禰宜(げくうねぎ)、度会康平、彦春、貞雄などの
禰宜層の居住地であったとも考えられます。

(隠岡公園 説明看板より)

私もオススメ


あなたのオススメ意見をおまちしています。
意見を書き込む方は、「オススメする」からどうぞ。
オススメする

インフォメーション  

伊勢市倭町
近鉄宇治山田駅から徒歩15分ほど

 

関連ページ
倭姫命(やまとひめのみこと)御陵

戻る
HOME / アクセスマップ