五ヶ所浦愛洲一族塔頭   ( 南伊勢町五ヶ所浦 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
愛洲一族の墓。墓石には古い年号も彫られていて文化遺産といえる。(南勢町、60、女)
                         愛洲一族の五輪塔2004−9−23
             (ポインタを当てて見る画面は)塔頭全体の雰囲気
愛洲一族の墓所
 この塔頭(墓所)は南北朝時代から室町時代にかけてこの地に君臨した愛洲一族の墓所とされているものです。

  五輪塔の形をしたもの30以上で、永正、享禄、永禄、天正など1500年代の年号が見られます。写真右端のものには「永正十八年六月二十四日(1521)梅翁源」とあります。

  毎年八月十六日には公民館前で行なわれる新盆供養に先立って、ここで念仏が行われます。

  当初からここにあったものではなく散在していたものを集めたのだそうです。


  墓所左端には愛洲家家老の林家の墓石も並んでいます。林家は現在五ヶ所神社の神主として お勤めです。
国司北畠氏の守護代
  愛洲氏は「太平記」の中で新田義貞の軍の一大名として「愛洲伊勢の守三郎」の名が見られ、伊勢神宮の資料では、室町時代は国司北畠氏の下で守護代として活躍したことが記されています。
  しかし室町幕府崩壊後の1576年に織田氏に滅ぼされました。

  250mほど北側の高台にに愛洲城址があり、ここでは毎年九月に愛洲一族の英雄、剣祖愛洲移香斎をしのんで、剣祖祭が行われます。

  移香斎の流れを汲む、主として関西の剣術の各流派が集まり演武を披露してくれます。

    愛洲城址の説明版2004−9−23 拡大
                              連理の椿2014−8−16
連理の椿
  塔頭の周囲の茂みの左端に、二本の椿の木があり、これが枝でつながっています。[連理の椿]の案内板がありましたが、愛洲一族の繋がりを象徴するかのようでした。
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