嘉隆さくら祭 (鳥羽市鳥羽)

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
鳥羽の武将、九鬼嘉隆によって築かれた鳥羽城は鳥羽の歴史の中で重要な地位を占めています。現在城は
ありませんが、城跡は季節ごとに変化に富み、特に桜のシーズンはとても素晴らしいですね。
                    大筒の迫力演武(松本藩森重流砲術保存会) 2019-4-6 
        (ポインタを当て変わる画面)
城山でシャボン玉パフォーマンス 
嘉隆さくら祭
  嘉隆さくら祭りは春の桜のシーズンに鳥羽市の城山で行われるお祭りで、鳥羽市の観光協会の城山フェスタ実行委員会の主催です。後援、協賛には鳥羽市の殆どの団体が名を連ねています。

 今年(2019年)は三の丸広場や城山公園を中心に以下の行事がありました。

  10:00大筒の迫力演武
  10:25太鼓の披露
  10:45踊の披露
  11:30水軍汁の振る舞い
  12:00シャボン玉パフォーマンス
  13:00お楽しみ抽選会

全日快晴で桜満開、本当に楽しい一日でしたね。

  行事の一部を写真で紹介しています。
 

鳥羽城の歴史
  天然の良港である鳥羽湾の前島に、九鬼嘉隆が長年掛けて
鳥羽城を完成したのは文禄3年(1594)といわれています。
  九鬼嘉隆は信長配下となり、九鬼水軍として歴史に残る活躍でした。しかし関が原の合戦では自分は西軍に、息子守隆を東軍につかせ、九鬼家と鳥羽城の安泰を計ります結果西軍は破れ、嘉隆は切腹となりました。
  さらに、相続問題で九鬼家は分断され、守隆死後、九鬼家は鳥羽を去ることになります。この後、内藤家が継ぎ、以後多くの城主が代わり明治4年に廃城となっています。

  鳥羽城に関する「海側の城壁を黒壁にする」の話も有名で、結果として城壁が白黒「二色」となり、そこから後刻「錦町」の名が生まれたそうです。

  細かくは
県、市教育委員会の説明をどうぞ
     鳥羽市海の博物館模型展示「昔の鳥羽城」 2018-5-4
                         拡大
                                祷祭会食献立表の一部 2019-4-6
 
(ポインタを当て変わる画面)表から作られた実際の料理(三の丸での展示の一部) 
天命時代の祷祭会食献立
  この嘉隆桜祭では特別行事として、古い時代の食の献立を再現する試みが行われました。主催は鳥羽旅館事業協同組合、鳥羽料理研究会三重三料会さんです。

  これは天命4年(1784年)の正月の祷祭の宴会の献立絵図が、今胎寺から発見され、これを元に専門家達によってこの桜祭で見事に再現されたものです。
  絵図には17膳35種類の料理があり、今回はそのすべてが調理されています。

  行事は、まず大山祗神社で関係者による祷祭の式典が行われ、その後神社境内で、式典参加者にお料理が三点ほど用意され お祝いの御もてなしがありました

  この後、城山の三の丸入り口で、献立絵図のお料理が美しく飾られ、主催者からの丁寧な説明が行われました。

 
それぞれの場面をどうぞ。
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インフォメーション  

鳥羽市鳥羽、城山公園マップは鳥羽城址三の丸広場を指しています。

 


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