答志蟹穴古墳   ( 鳥羽市答志町 )

伊勢志摩きらり千選
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7世紀後半に築かれた径約11叩高さ1.5辰留瀛、内部は横穴式石室で、天井石は取り除かれている。この古墳からは、「世界を駆けめぐる土器」として有名な「長頸壺(ちょうけいこ)」が出土。(鳥羽市、67、男)
(2003−2−17撮影)
横穴式の石室
 古墳は答志島の和具港から近く標高28mのところにあります。
 現在残るものは、横穴式の石室で、およそ5m×3mぐらいの大きさ、天井石と石室の上半分が失われています。

 長頚瓶という自然釉の陶器が出たことで有名です。この陶器からすると古墳が作られたのは7世紀末から8世紀始めと想像されるのですが、はっきりしていません。

出土した「長頚瓶」
写真は出土した脚付き鳥蓋壷(あしつきとりふたつぼ)(左)と自然釉長頚瓶です。

鳥蓋壷は高さ28.6cm、7世紀の後半のもの。
鳥型鈕(つまみ)のある蓋付きの壷で、須恵器です。

長頚瓶は美しい緑色の自然釉の須恵器でこの時代の代表作だそうです。平成11年に国の重要文化財に指定されました
いずれも現在東京国立博物館に所蔵されているとのこと。

〔参考〕須恵器とは古墳時代後期から奈良平安時代にかけて行われた、大陸技術による素焼きの土器。良質粘土で大量生産し、登り窯を使い高温の還元焔で焼くため薄墨色を呈するのが一般。(以上広辞苑より)従来の土器に較べ堅く丈夫。ちなみに陶器とはこれに釉薬を塗り焼いたもの。


脚付き鳥蓋壷〔左〕と長頚瓶(右)
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九鬼嘉隆の首塚への途中から和具港を見る

 写真は答志島の和具港と岩屋山ですが、蟹穴古墳は下の矢印の位置にあります。上の矢印は岩屋山古墳です。
 この和具、答志地区は古墳が大変多く、市史によれば確認されたものは他に14箇所にのぼります。

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インフォメーション  

鳥羽市答志島、和具。答志港への道の途中の御加志良神社脇を入る。

 

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