金胎寺(こんたいじ)と四国八十八ヶ所   ( 鳥羽市鳥羽3丁目 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
A.真言宗高野山派の寺。鳥羽町の景勝の地にある。境内に文政8年建立の芭蕉の句碑が、裏山には四国八十八カ所の石仏がある。稲垣家の祈願寺として建てられた。(鳥羽市、67、男)
B.文久元年(1861)当時の人々は四国八十八ヶ所を巡ることは実現不可能な大旅行であった。それならばと、ミニチュア版八十八ヶ所を当寺に創建したものと思われる。しかし永年の山荒れ台風等で、いたみがひどいのを見かね、多くのボランティアたちが修復保存に立ち上がった。文化遺産として後世に引き継ぎたい思いで一杯です。金胎寺は鳥羽3丁目24-1です。(鳥羽市、70、男)
2002-11-15撮影
代々の鳥羽城主の祈願所
 金胎寺は高野山真言宗のお寺で,寺縁起によれば開山は天長年間(824〜34)弘法大師によるとのこと。

 戦国時代,九鬼嘉隆が鳥羽城築城の際,鍋屋崎から移築し代々鳥羽城主の祈願所とされていたようです。

 残念ながら平成7年に本堂を焼失しました。境内には新四国八十八ヶ所小霊場や江戸時代に寄進された句碑が3つあります。

 少し高台にあり鳥羽市内の家並みや鳥羽湾を眺めることができ、夏涼しく市民の憩いの場でもあるようです。

四国八十八ヶ寺めぐり
 この八十八ヶ所の石仏は金胎寺の境内の山側にあり、小さな祠に2体ずつ収まっておられます。いわゆる四国八十八ヶ寺めぐりのミニ版です。

 寺の縁起によれば、文久年間(1861〜64)四国の船頭が開いたといわれています。近年かなり荒れていたものを,鳥羽の若者約150人が修復に当たったそうです。

拡大画像はその祠の1つで、お地蔵さんのやさしい笑顔を撮らせていただいたもの。

拡大または別画像へ
2002-11-15撮影
2002-11-15撮影
境内に句碑が3つほど
 句碑が3つほどあり、格式ばらない街中のお寺の雰囲気を感じました。句碑の1つには「ほととぎす 消え行く先や 島ひとつ 芭蕉」とあります。
 
もう一つの句碑には「志ら雲に 添うて散り行く 柳か那 壷遊」

更にもう1つには「ひとすじに 迷はで雪の 小道かな 藤磨奇石」とあり、いずれも江戸の後期に寄進されたもののようです。

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インフォメーション  

鳥羽市鳥羽3丁目24-1。

 


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