門野幾之進   ( 鳥羽市鳥羽一丁目 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
鳥羽の誇る明治大正昭和の三大偉人、門野幾之進、御木本幸吉,近藤真琴のお一人。(鳥羽市、67、男)
            門野幾之進
門野幾之進
  門野幾之進は明治から昭和にかけて教育界、実業界に活躍した優れた人物です。明治に始まる日本の近代社会を築いたお一人ともいえましょう。

(以下は門野幾之進記念館のパンフレットからの引用です)

  「安政3年(1856),鳥羽藩の家老の家に生まれた幾之進は,藩の貢進生として14歳で慶応義塾に入り,福沢諭吉に師事した。

  2年後、16歳にして早くも母校で英文学の教鞭をとり、以来教頭,副社頭として31年にわたり多くの人材を世に送り出した。

  明治37年より、,昭和13年にこの世を去るまでの34年間は、教育界から実業界に入り、保険会社の創立をはじめ保険事業のために力を尽くした。」


  その門野氏の生涯について
    ●鳥羽市のパンフレットから
   ●記念館展示の門野氏の年譜

  また、いくつかの保険事業だけでなく、福沢諭吉が創始した「時事新報」、「交詢社」などの事業もトップとして力を注いでいます記念館の展示から
   ●時事新報     ●交詢社
門野幾之進記念館 -1
  門野幾之進記念館は1984年旧門野家の敷地に、千代田生命保険相互会社と財団法人靄渓奨学会によって建てられたものです。
   →そのときの設立趣意書

  館庭には慶応義塾の学長でもあった小泉信三氏の文による石碑が建てられています。その内容は記念館でも紹介されています。→内容



  なお、隣の展示室では鳥羽の戦国時代の武将である九鬼嘉隆の展示が行われています。

  尚この記念館は現在、鳥羽市歴史文化ガイドセンターともなっています
         記念館創立当時の様子(会館展示の一部を拝借)2018-4-15 
     (ポインタを当て見る画面)館庭にある門野氏の生涯を語る石碑
                              記念館内部展示の様子 2018-4-15 
               (ポインタを当て見る写真は)
なくなられた際の碁盤の布石の様子 
門野幾之進記念館-2
  記念館の展示は2011年にリニューアルされ、大変見やすいものになりました。

  生涯を項目に分けてわかりやすく説明しています。特に小型の自動のスライド展示は様々な数々の資料を効果的に展示しています。

 
 そのほんの一部を紹介しましょう。
→スライド展示資料の中から
 

  展示場のの中央には84歳で亡くなられた際の門野氏の囲碁の布石が飾られています。将にこのお年まで、とても元気に暮らしておられたことを、しみじみと感じました。
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身近な親戚かなぁ?
たまたま気になり入ってみました経緯はわかりませんが、身近に同じ名前は、大変珍しく書き込みました。
因みに私も平野区出身のもんのです。
オススメする

インフォメーション  

鳥羽市鳥羽1丁目。門野幾之進記念館&鳥羽歴史文化ガイドセンター

マップ
 

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