小浜城山と伊良子清白詩碑   ( 鳥羽市小浜町 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
ホテルviviシーサイドの建つ一帯の丘陵は古来小浜の人々が「城山」と呼んでいるが、その昔小浜将監真宗がここに城砦を構え、小浜民部景隆に至る5世の間住んだゆかりの名称である。又、「孔雀船」で有名な明治詩壇の鬼才伊良子清白は、小浜診療所医師として、23年間在住した。その詩碑が城山にある。(鳥羽市、67、男)
この地に長く暮らした著名詩人
  詩集「孔雀船」で有名な、伊良子清白は明治10年鳥取で生まれ京都の医学校を卒業後、詩人として活躍。30歳(1906)のとき、詩集[孔雀船」を刊行しますが、以後、詩壇から去り、詩集を公にすることはありませんでした。
  しかし、孔雀船は社会の評価が高く、何度か再刊されています。


  45歳から23年間、鳥羽の小浜で医師として暮らす一方、歌誌「白鳥」を創刊するなどの詩作活動も行いました。その浪漫的な耽美的な作風が大正、昭和の時代に高く評価されたようです。

  この伊勢志摩を詠った詩作も多く、橋爪博著「伊良子清白の研究」に詳しく紹介されています。


 

詩碑には「安乗の稚児」の一節が
  清白の詩碑は小浜vivi鳥羽ホテルの脇(山側)、八幡神社への小道の傍らにあります。

  詩は明治38年に発表された「安乗の稚児」からとられています。書は親交のあった浜地文平氏です。詩碑後背の建立趣意文を載せていますが、清白の略歴を辿ることが出来ます。

  「安乗の稚児」は清白の代表作の1つで
詩集[孔雀船]にも収録されています。


  伊勢志摩にはいくつかの清白の詩碑があります。

〇嵋犹圓安乗崎の公園のもの
  詩は「安乗の稚児」の中からとられています

大紀町七保出張所のもの
  詩は「山の声」の一節で宮川が素材として歌われています


小浜の「安乗の稚児」の詩碑    2003-3-21
        
               伊良子清白記念館2010-2-3
清白の生前の家が記念館に
  清白が医師として小浜で住んだ家が2009年に鳥羽マリーンパークに移設され記念館になっています。

  清白の死後、しばらく病院として使われましたが、ある方が大紀町打見に移設し、別荘として使っていたものを、鳥羽市に寄付されたという経緯があります。
 
  内部は薬局、診療室、手術室など個人医院の場と
台所,居間、客間など日常生活の場からなっています。


  周囲の塀の内側に説明のパネルが並んでいます。光の加減では少し見難いのですが,清白の詩を大変丁寧に、解りやすく解説しています。
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インフォメーション  

鳥羽市小浜(おはま)。小浜の海岸沿いの道を終点まで行くとホテル鳥羽彩朝楽に行き着きます。そのホテルの右端(山側)にある八幡神社への階段を上ります。尚、清白記念館は鳥羽1丁目、鳥羽ガイドセンター前の公園にあります

 


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