青峰山正福寺と御船祭   ( 鳥羽市松尾町 )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
〔正福寺〕真言宗高野山派の寺。行基の開山と伝えられ、江戸時代の建築の素晴らしい仁王門をくぐると、
      本堂、鐘楼堂、聖天堂、庫裡、休憩所等17棟の建物があって、寺域も広大で志摩一の巨刹で
      ある。本尊は黄金の十一面観世音菩薩である。海上保安の祈願所として、志摩一円の船員、
      漁師、海女の参詣が四季絶えない。(阿児町、50、女)
〔仁王門〕A.鳥羽志摩地方の漁業者や船舶関係者の信仰のメッカ。標高336mの山頂からの景色は
      また素晴らしい。旧暦1月18日の「御船まつり」に幾度となく参詣の折りに見上げる山門は
      堂々としている。(磯部町、71、男)
      B.毎年2月にお船祭に行きますが山道も風情があり、歩くのも楽しみですが仁王門はぜひ
      一度お勧めします。立派です。(磯部町、45、女)
〔御船祭〕 海上安全を祈願する祭りで旧暦の1月18日、青峰山正福寺で行われる。漁師たちに崇敬され
       ている。 (鳥羽市、44、男)
                        大漁旗が彩る境内 2016-2-25
             
(ポインタを当ててみる画面は)鐘撞き堂でハイ!パチリ
御船祭(おふなまつり)
  毎年旧暦の1月18日には御船祭が開かれ、大勢の参詣人で賑わいます。

  境内は海に働く人々の信仰の寺らしく、たくさんの大漁旗で彩られ、多くの露天商が並びます。

  金堂や聖天堂の軒下には、船主、船頭、漁民が奉納した永代護摩札が隙間無く並べられ、海上安全への人々の願いの強さを物語っています。

  絵馬堂の絵馬はご加護により助かった人々の寄進によるもので、嵐に翻弄される船の姿が描かれています。

  柱や軒に貼られた千社札が目立つのもこのお寺の特徴でしょう。
 
山門、美しい彫刻の数々
  大きく堂々とした門で、その彫刻の素晴らしさで大変有名です。

  境内説明板には
 「山門は文政13年(1830)の完成といわれ、的矢の大工棟梁、中村九造が長い年月をかけて造り上げたものです。

  入母屋造、、本瓦葺、三間一戸の楼門で、各部の彫刻は、江戸時代末期の特色をよくあらわしています。」〈鳥羽市教育委員会)とあります。詳しくは説明板で

  中村九造は明治20年に亡くなり、的矢の墓地に葬られています。墓碑銘は「大内人秀工藤原治良」。

山門の彫刻の様子。

  尚、彫刻は直接中村九造が手を下したものではなく、当時の知多半島の彫刻集団(立川流)によるといわれています。→参考まで
              圧倒する存在感、正福寺山門2003-3-31
     (ポインタを当て見る画像は)御船祭の門前の様子2016-2-25
  左から大師堂、聖天堂、金堂(中央))と客殿2012-4-5
 (ポインタを当て)金堂内陣、祭日のご祈祷時2016-2-25
青峰山正福寺
  青峰山は海上守護の霊峰として広く知られています。推薦の言葉通り、正福寺は古くから漁民や廻船業者の篤い信仰を集めてきたお寺です。

正福寺は鳥羽市史によれば
 ●天平勝宝年中〈749〜56〉法相宗の寺として
   行基により開山。
 ●大同元年〈807〉平城天皇の綸旨をうけ高野
   山真言宗に改める。
 ●貞享年中〈1684〜87〉僧弁意が再建、中興の
   開山なる。
 ●文化元年〈1804〉僧慶圓、現在の堂宇を再建
   する。とあります。
  境内の様子は正福寺の栞の図をご覧ください。

  本尊は十一面観音菩薩立像。丈一寸八分の黄金仏で、秘仏として厨子に納められています。昔、鳥羽の相差の海岸に打ち上げられた鯨の背に乗っていたと、伝えられる仏像です


  金堂の正面軒下の彫刻も迫力があり、すばらしいものです。
軒下の彫刻
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インフォメーション  

青峰山頂上は鳥羽市と磯部町の境界上
正福寺近くまでは鳥羽市松尾と磯部町五知から自動車道がある。
ウォーキング道もある。

 


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