錦タワー(防災施設)   ( 志大紀町錦  )

伊勢志摩きらり千選
推薦のことば
防災目的に建てられた施設ですが、普段も最上部まで昇る事ができて、錦の街なみが望めます。(紀勢町、44、男)
 
           第一錦タワー2002-2-10           第二錦タワー2014−2−16
二つの防災タワー
  ここ紀勢町錦では1944年(S19)の東南海地震の津波によって町は壊滅し、64名もの死者,不明者を出しましたが、その防災の拠点として平成10年に第一錦タワー(写真左)が建てられました。その趣意パネル内容

  高さ22.8m,5階建てでらせん状の階段があり、内部は集会所,防災資料館,トイレなどになっています。東南海地震並み(高さ6.5m)の津波が襲ってきても階段スペースなどを含め500人収容できるそうです。

  写真右は第二錦タワーで、平成24年4月に竣工しました。7階建て、屋上付き。屋上床面が約海抜24m.建屋中央に階段がある本格的な避難施設です。

内部の様子を簡単に

  第一錦タワーは外観もユニークで、津波の記憶を忘れないためのシンボル的な意味合いがありますが、実際の収容人数は少ないように思われます。その点を解消するために第二錦タワーが作られたのでしょう。
津波に弱い地形
   錦漁港の姿です。三方を山に囲まれ錦湾に面するこの地区は天然の良港ながら津波には弱いのだそうです。→錦港周辺のマップ


 
    湾の南側,福羅の高台から2009−3−21拡大
              神武台にある津波の大災害を伝える石碑 2009−3−21
1944年の津波を伝えるもの
  錦港の東に神武台公園がありますが、ここに旧紀勢町町長、谷口氏が書かれた石碑が建っています。左の写真はその一部です。

 この文面から津波による被害の惨状をうかがい知ることが出来ます。悲惨な状況を忘れないために

  第一錦タワーは谷口氏の町長時代に作られたものですが、氏がいかにこの土地の自然災害を心配されたかが良くわかります。
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インフォメーション  

志摩市浜島町南張、楠御前八柱神社。旧暦1月22日が例祭。2005年は3月2日。

 

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